CREATION_222号
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老化と寿命を制御する新たな仮説を検証脂肪細胞の機能維持が健康寿命に関与するか凌ぐために身に付けた適応能力のひとつですが、現代のような飽食の時代においては、この能力が逆効果になっていると言えます。現在では、肥満は2型糖尿病、脂肪肝、心血管疾患、脳血管疾患などの発症要因であり、健康寿命を短縮させる要因の一つとされています。従来、脂肪細胞は生体にとって単に好ましくないものと見なされてきましたが、近年になって脂肪細胞がエネルギー貯蔵庫としての機能だけでなく、内分泌機能や代謝機能をもち、全身の代謝恒常性を維持する上で重要な役割を果たすことが分かってきました。実際、皮下脂肪や内臓脂肪が消失する脂肪萎縮症という難病の患者では、インスリン抵抗性などの全身の代謝調節障害が生じ、平均寿命は30〜40歳と短命であることが知られています。すなわち〝太れない〟ことは健康寿命の短縮を助長する要因の一つであることが示唆されています。実際に、BMI25程度のやや小太りの方のほうが長生きすること     6 ができるという研究報告もあります。を蓄えることに特化した細胞です。過栄養状態では、脂肪細胞は過剰なエネルギーを脂肪として蓄積することで、拡張します。一方、慢性的な肥満状態では、脂肪組織にコラーゲン線維などの細胞外マトリックスが過剰に蓄積し、硬化する(拡張性が失われ、脂肪貯蔵能が低下する)ことが知られています。これを〝脂肪組織の線維化〟といい、本来、脂肪組織に蓄えられるはずであった脂肪は肝臓や骨格筋などへ異所性脂肪として蓄積され、様々な代謝性疾患を引き起こす要因となります。このことから、脂肪細胞の正常な機能を維持すること、すなわち脂肪組織の線維化を抑制することは、健康寿命の延伸に寄与することが期待されています。そこで、脂肪細胞の機能維持に関与する物質を探索し、その効果と脂肪細胞は生体内において唯一、脂肪作用メカニズムについて細胞および個体レベルで解析を試みています。具体的には、T細胞活性化抑制作用を指標としたアッセイ系を用いて植物由来成分や既存医薬品をスクリーニングし、候補となる物質を選定します。その後、培養細胞を用いて、選定された候補物質が脂肪細胞の機能に与える影響を評価します。一定の効果が期待される候補物質を見出せた場合、その物質を肥満モデルマウスに投与し、その効果について解析を行います。現在、候補に挙がっている物質は、チペピジンという日本で開発された非麻薬性鎮咳薬です。培養した脂肪細胞を用いてチペピジンの作用を評価したところ、脂肪前駆細胞から脂肪細胞への分化過程で産生される細胞外マトリックスの産生抑制効果を示すことが分かりました。実際に、チペピジンを投与した肥満モデルマウスの脂肪組織では、細胞外マトリックスの過剰蓄積が抑制され、脂肪細胞の拡張性が維持されていました。さらに、肥満に伴う代謝調節異常の改善効果も確認できました。これらの研究結果は、チペピジンが脂肪組織の線維化抑制作用を介することで、健康維持に寄与する可能性を示唆しています。チペピジンはすでに承認を得ている医薬品なので、臨床研究に協力してくれる医師が現れることを期待しています。肥満が健康障害を伴うかどうかは、脂肪細胞の正常な機能が維持されているかどうかで左右されると仮定して研究を続けています。一方で、太りやすさの個人差を決定づける因子は何か、性差による脂肪蓄積能力の違いはなぜ生じるのか、といった脂肪細胞の生物学的意義については不明な点が多く存在します。今後は、これらの未解明な点を明らかにしたいと考えています。日本は高齢者人口の増加が著しく、現在、健康寿命の延伸に資する物質の探索が盛んに行われています。脂肪組織の機能維持が老化・寿命を制御するという仮説を検証することで、ヒトの健康寿命延伸に向けた新たなアプローチ法の確立が可能になると信じています。アディポカインの分泌体温調節エネルギー貯蔵学術研究ヒトはなぜ太るのか?「脂肪組織の機能と老化・寿命」子ども全身の代謝調節脂肪細胞機能低下=異所性脂肪の蓄積肝臓骨格筋インスリン抵抗性脂肪細胞の老化代謝調節障害の悪化「New Perspective in Adipose Tissue: Structure, Function and Development」は、脂肪細胞の研究に携わる研究者なら必ず読むバイブルのような存在。チペピジンが脂肪細胞に与える影響に関する研究成果は、2024年3月に国際学術誌「The FASEB Journal」に掲載された。CREATION NO.222大人代謝調節の障害健康寿命の短縮高齢者

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